米国派遣報告: UCLA,UCSDとの共同
京都大学大学院
アジア・アフリカ地域研究研究科・教授
高田明
令和4年12月27日から令和5年1月15日にかけて,米国のロサンゼルスとサンディエゴを訪問した.短期間であったが,以下に記すように有意義な訪問となった.
この時期,米国は記録的な寒波に襲われていた.寒波は多くの死亡者を出しただけではなく,大規模な停電や航空便の遅延・欠航などにより経済活動へ大きな影響を与えていた.報告者が訪れたカリフォルニア州では,寒さはそれほどでもなかった(それでも例年よりは気温がかなり低かったと思う)が滞在中を通じて雨にたたられた(写真1).ほとんど雨量のない同地域で,毎日のように雨に降られるのは,通算では何年も同地に暮らしたことのある報告者にとってもこれまでにない経験だった.またとくにロサンゼルスでは,経済格差が開きつつあるせいか,これまでにないほど多くのホームレスの人々を目にした.以前は見たことのなかった電気自動車のスタンドがそこかしこに設けられている一方で,ホームレスの人々が深夜から朝にかけてビルの軒下やバス停でぽつねんと雨をしのぐ姿は,高インフレが続く米国の光と陰を象徴している気がした.
ロサンゼルスでは,カルフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)を毎日のように訪問した(写真2).報告者はこれまで同大学のCenter for Language, Interaction, and Culture(CLIC)で何度か客員研究員を務めたことがあるが,今回はCovid-19の影響もあって数年ぶりの訪問である.やや緊張していたが,旧知の研究者らと再会するとそうした不安も吹き飛んだ.言語人類学や言語社会化論を専門とするMarjorie Harness Goodwin名誉教授は,以前報告者が客員研究員としてCLICに滞在した際には,パートナーだった故Charles Goodwin名誉教授とともにホストを務めてくれた研究者である.今回も報告者を変わらない優しさで迎えてくれた.お互いに近況を報告し合った後で,報告者から基盤研究S「アフリカ狩猟採集民・農牧民のコンタクトゾーンにおける子育ての生態学的未来構築」の概要について説明したところ,プロジェクトの進め方やコンタクトすべき研究者についてたいへん有益な示唆をいただくことができた.
社会学や会話分析を専門とするTanya Stivers教授は,現在のCLICを牽引する研究者である.報告者とは現在,出会い場面における相互行為を多言語間で比較する共同研究を進めている間柄で,まずプロジェクトの構想や進展について意見交換を行った.また,報告者が現在進めているボツワナのグイ/ガナのデータの分析結果について報告し,その解釈や今後のさらなる分析についてアドヴァイスをいただいた.また,上記の基盤研究Sの概要についても説明を行い,これまでの共同研究をさらに発展させて研究協力を進めていくことを確認した.その一環で,2023年度前半にはStivers教授を京都に招へいすると共に,6月末に開催されるInternational Conference on Conversation Analysis(ICCA2023)では,Stivers教授やその同僚と報告者が共同でパネル発表を行う予定である.さらに,ちょうど報告者の滞在中に開催されたCLICのセミナーに参加して,Natasha Shrikant博士(Department of Communication, University of Colorado, Boulder)による“Categorization as a personal and political act: Membership categorization analysis and “race talk” in institutional context”という発表について参加者と共に議論を行った.
UCLAではさらに,ちょうど同時期にUCLAを訪問中だったASAFAS院生・本プロジェクト研究協力者の寺本理紗さんと共に人類学や行動生態学を専門とするBrooke Scelza教授とも研究打合せを行った.Scelza教授は,ナミビアのヒンバなどを対象として性関係や子育てに関する優れた研究を進めてきている.また,Center for Behavior, Evolution, and Culture(BEC)の世話役も務めている.BECでは狩猟採集民研究や動物行動学,行動生態学の研究を推進する世界的な拠点であり,本プロジェクトとの関連でも今後研究協力を進めていく予定である.今回はとくに,アフリカの小集団における性関係や子育て,再生産について重要かつ最新の研究知見を得ることができた.また,ちょうど報告者の滞在中に開催されたBECのセミナーに参加して,Marina Davila-Ross博士(Centre for Comparative and Evolutionary Psychology, University of Portsmouth)による“Laughter and Smiles: Towards understanding the Complexity and Phylogenetic Continuity of Positive Communication in Hominids”という発表について参加者と共に議論を行った.ちなみに報告者はMarina Davila-Ross博士の指導院生の博士論文の外部審査員も務めており,Davila-Ross博士らの研究室とは交流が深い.今回のセミナーを通じては,同研究室で開発中のコミュニケーションの分析に関する最新の技術や理論的知見について有意義な意見交換ができた.
サンディエゴでは,カルフォルニア大学サンディエゴ校(UCSD)を訪問し(写真3),共同研究を進めている認知科学学科のFederico Rossano准教授と研究打合せを行った.Rossano准教授はコミュニケーション研究,とくに人間の乳幼児や霊長類の相互行為についての斬新な研究を精力的に推進している.報告者とは長年の友人でもあり,お互いの研究上の関心を熟知していると共に,これまでの研究者としてのキャリア形成についても相談しあってきた.2021年度には,京都大学の多階層ネットワーク研究ユニットで外国人教員(短期)としてRossano准教授(当時は助教)を京都大学に招へいして,報告者を始めとする京都大学の研究者と比較認知科学,認知発達,相互行為論に関する研究協力を進めたばかりでもある.今回の訪問では,報告者から基盤研究Sの進展,とくに報告者が2022年9月から12月にかけて行ったボツワナの狩猟採集民・農牧民のコンタクトゾーンでの言語社会化に関する調査について説明すると共に,Rossano准教授がアフリカで進めている調査についての最新の情報を交換した.Rossano准教授やその研究室とは今後もさらに研究協力を進めていくことを約束して,海の美しいサンディエゴを後にした.