高田明 教授 ベルギー派遣報告 (2023/07/08-2023/07/12)

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ベルギー派遣報告: 第18回IPrAへの参加・発表

京都大学大学院
アジア・アフリカ地域研究研究科・教授
高田 明

写真1 ブリュッセル自由大学のキャンパス. 

派遣期間:2023年7月8日~12日
派遣先:ベルギー王国,ブリュッセル
キーワード:空間と場所,言語社会化,社会的距離

1.はじめに 
本派遣では,基盤研究S「アフリカ狩猟採集民・農牧民のコンタクトゾーンにおける子育ての生態学的未来構築」の一環で,ブリュッセル自由大学(Université Libre de Bruxelles)で開催された第18回国際語用論学会(18th IPrA)に参加した(写真1).国際語用論学会は,語用論に関しては世界最大の研究集会である.関連する分野は,言語学,人類学,社会学,コミュニケーション論,メディア研究など多岐に渡り,日本からの参加者も多い.今回の参加の目的は,言語社会化に関する理論的な枠組みを構築するために共同研究者の森田笑博士(シンガポール国立大学)とともにパネル・ディスカッションArts of Distancing in Talk-in-Interactionをオーガナイズし,そこでの自身のものを含む最新の研究成果についての知見を共有し,これらに関する議論をおこなうことであった.さらに,それ以外の18th IPrAの参加者とも,アフリカ狩猟採集民・農牧民のコンタクトゾーンにおける子育ての生態学的未来構築について意見交換をおこなった.

2.パネルの主旨
Covid-19のパンデミックが世界中で猛威を振るうなか,世界中のさまざまなメディアで「社会的距離感」が注目された.社会的距離という概念はもともと,人類学者エドワード・T・ホールによって提唱されたものである.ホール(1966)は個人間の空間について,(1) 親密な距離(半メートル以下),(2) 個人的な距離(約1メートル),(3) 社会的な距離(2~3メートル),(4) 公的な距離(5メートル以上)という4つのゾーンを提唱した.しかし,社会的・現実的には,これらの「距離」はそれぞれ,上記で定義した物理的な間隔の度合いだけでは定義できない.Tuan (1977)のパイオニア的な研究以来,「空間(space)」と「場所(place)」の概念的な区別は様々な分野で受け入れられてきた.とくに語用論の研究は,コミュニケーション実践がいかにして場所としての空間の社会文化的意味を構築し,定義し,交渉しうるかを教えてきた.例えば,ある種の指示語は,制度的な環境における垂直的な距離を示すために使われ,一方,インフォーマルな音域,専門的な語彙,方言の使用は,「家庭」の親密さや,カジュアルあるいは専門的な「グループ内」の関係のメンバーシップを共同構築するために使われる.

このように,社会的意味がどのようにその場で構築されるかを理解するためには,様々な記号論的資源が相互行為における会話の中でどのように用いられるかを明らかにする必要がある(e.g. Goodwin & Cekaite 2018).そこで本パネルでは,自然発生的な相互行為のデータを検討することを通じて,相互行為によって構築された場所(e.g. 自宅,職場,職業環境)と距離のカテゴリー(e.g. 友人/他人,参加者/傍観者)が,日常的な相互行為における会話の中でどのように顕在化しているかを論じることにした.

3.パネル・ディスカッションの内容
パネルは,イントロダクションと以下の4つの発表から構成されていた(括弧内は発表者).

1. Introduction to “Arts of distancing in talk-in-interaction” (Akira Takada, and Emi Morita)

2. Pragmaticization (?) of the Japanese honorific suffix -haru as a resource to mark agentive “distance” (Emi Morita, and Akira Takada)

3. Social and spatial distancing in preschool groups in Sweden and Japan: Locating place of self and other in group activities (Matthew Burdelski, and Asta Cekaite)

4. Making distance with the fetus; conversation analysis on prenatal genetic counseling (Michie Kawashima, Hiroki Maeda, and Akane Kondo)

5. Nominalization with –ke(s) ‘thing’ in Korean conversation: A “distancing” resource for mitigating epistemic claim (Kyu-hyun Kim)

上記の目的に沿って,森田と高田は,日本語近畿方言の動詞接尾辞「はる」の使い方を検討し,社会的距離を示す敬語として知られてきたこの動詞接尾辞が,子どもの用法では,ある具体的な指示行為に関して,自分の主体性,社会的責任,意図性の差異を示すことで,他者との間に距離を置くことを宣言する方法としても語用論化されていることを示した.

BurdelskiとCekaiteは,スウェーデンと日本の就学前の子どもたちが,他の子どもたちとの間に社会的・空間的距離を置こうとする実践にどのように関わっているかを調査した.彼らの分析によれば,社会的・空間的距離を置くという子どもの語用論的行為は,同時に社会的接近を伴うものであり,社会的関係を形成する際の抵抗や協調を示すことも含まれるものであった.

川島らは,出生前遺伝カウンセリングにおける胎児との「距離」の相互作用的管理を試みた.その結果,胎児との距離を相互作用的に管理することで,臨床遺伝専門医と両親は,客観的・医学的な推論だけでなく,胎児に対する個人的なスタンスも含めて意思決定を行っていることが示された.

Kimは,一般名詞-ke(s)(‘thing’)を含む韓国語の名詞化表現の相互作用的意味を探求し,-ke(s)がこれらの形式を「距離を置く」実践を行うための相互作用的資源とする上で重要な役割を果たしていることを明らかにした.

このように,本パネルでは,具体的な言語形式(Kim; 森田と高田)に焦点を当てるとともに,特定の制度的環境における距離感の芸術(BurdelskiとCekaite; 川島ら)を検討することによって,距離感という概念にアプローチし,人々が相互行為において参加者の間で距離感をどのように構築し,意味づけるかについての理論的枠組みについて議論した.この議論は,アフリカ狩猟採集民・農牧民のコンタクトゾーンにおける言語社会化においても応用可能であると思われる.

4.今後の展望
本パネルでは,特定の文法的アイテムの使用と参与枠組みにおける特徴が組み合わさることによって相互行為の参与者の間で社会的な距離感を構築し,定義し,交渉する技法について論じることができた.しかし,こうした相互行為上の実践についての議論ではまだまだ経験論的なデータが不足しているとともに,それを比較考量する理論的枠組みが確立されていない.今後,アフリカのさまざまな狩猟採集民および農牧民における言語社会化に関するデータ収集およびその分析を進めることで,さらなる検討を重ねていきたい. 最後に,今回のブリュッセル滞在はまだ日本の学期中ということもあり,2泊3日という短いものだった.しかし,その間にもヨーロッパの歴史を感じさせる建築物を見聞したり,世界各地の食文化を融合するような素晴らしいレストランでの食事を経験したりすることができた(写真2,3).アフリカニスト・人類学者としても大いに興味を惹かれる街であり,もう少し余裕のある日程での再訪を願いながらブリュッセルの街を後にした.

写真2 世界遺産に登録され,世界で最も美しいともいわれているブリュッセル中心部のグランプラス広場
写真3 ベルギービールとウサギ肉の煮込みで舌鼓をうった.

参照文献

Goodwin, M. H. and Cekaite, A. (2018) Embodied family choreography: Practices of control, care, and mundane creativity. London: Routledge.

Hall, E. T. (1966) The hidden dimension. Garden City, NY: Doubleday.

Tuan, Yi-Fu (1977) Space and place: The perspective of experience. London: Edward Arnold.