高田明 教授 ボツワナ派遣報告(2023/12/14-2024/01/03) 

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ボツワナ派遣報告: 紙芝居による民話の再活性化などを通じたアクション・リサーチ

京都大学大学院
アジア・アフリカ地域研究研究科・教授
高田 明

 令和5年12月14日から令和6年1月3日にかけて,おもにボツワナのハンツィ,ニューカデ村などを訪問し,アフリカ狩猟採集民・農牧民のコンタクトゾーンにおける子育ての生態学的未来構築にかかわるフィールドワークを行った.
 ハンツィ州の州都にあたるハンツィでは,本プロジェクト分担者の中川裕教授と一緒にHessel & Coby Visser夫妻のご自宅を訪問した.ご夫妻はSummer Institute of Linguistics (SIL)およびオランダ改革教会の活動の一環として,長年ハンツィ州のデカールにあるKURUを中心に言語学や聖書の翻訳をはじめとするサンの開発事業に従事してきた.中川教授や報告者とも旧知の仲である.今回は,中川教授が中心となって推進しつつある,グイ語の辞書や正書システムの進展について説明し,これについての意見交換を行った.中川教授のグイ語の辞書や正書システムは,本プロジェクトでの識字教育や母語教育,民俗知識の再活性化などを通じたアクション・リサーチでも重要なパートを担うものである.また,Hessel氏はグイ語と類型論的にも系統論的にも近縁なナロ語のスペシャリストであり,その辞書の編纂や正書法の確立にも大きく貢献してきた.この意見交換では,その際の苦労や工夫についてHessel氏やCoby氏からさまざまなエピソードを聞くことができた.また,将来的にはHessel & Coby Visser夫妻が進めてきたナロでの開発事業と本プロジェクトの成果を結びつける議論や活動を行っていくことも語り合い,たいへん有意義かつ楽しい時間であった.
 またハンツィでは,次の訪問先であるニューカデ村の住人に多く出会った.報告者の友人たちもいて,再会を喜んだ.この頃は,政府の年金や公共事業の給金の配給の直後にあたり,多くのニューカデの住人が最寄りの街であるハンツィに買い物などのために出てきているということであった.ボツワナでは年間を通じてもっとも大きなイベントだと思われるクリスマスも迫っていた.カラハリ砂漠の周縁部に位置する小さな街ハンツィも,祝祭的で高揚した雰囲気をまとっていた.
 続いて,友人たちも報告者の車に同乗して,ニューカデへと向かった.ニューカデは,本プロジェクトのメイン・サイトの1つであり,報告者が大学院生の頃から四半世紀にわたって通い続けている調査地でもある.ボツワナ政府による遠隔地居住者の再定住化政策の一環で1997年に設立されて以来,ニューカデには上述のグイやその近縁な集団であるガナを中心とする人々が暮らしており,現在の人口は1500人を超える.グイやガナは,この地域一帯の先住民・狩猟採集民として知られている.ニューカデに着くと,村の入り口付近にあるニューカデ・サン・クラフトショップが目を惹いた(写真1,2).前回ニューカデに来たときは,この建物はあったもののまだクラフトショップはオープンしていなかった.現在はここで,サンの伝統的な日用品や観光向けの装飾品などが販売されていた.本プロジェクトでの伝統文化の再活性化や集団アイデンティティの(再)構築という関心にも響くものなので,今後もその活動の展開に注目していきたい.

写真1 ニューカデ・サン・クラフトショップの外観
写真2 ニューカデ・サン・クラフトショップの内装
写真3 フィールドワーク中の野口朋恵さんと
      クリスマスのご馳走  

 またニューカデでは,ASAFASの博士課程院生で報告者の指導院生である野口朋恵さんが,グイやガナの初等教育や健康に関する長期フィールドワークを実施中であった(写真3).今回の調査ではまず,野口さんらと共に本プロジェクトで推進しつつあるグイ/ガナの民話の再活性化をねらった紙芝居のパフォーマンスのアレンジを行った.これは,グイ/ガナの民話の1つとして現地ではよく知られている「ツチブタ女」を紙芝居にしたものである.紙芝居のテキスト(グイ語版とガナ語版)は,報告者の師にあたる田中二郎・京都大学名誉教授がグイ/ガナの人々からの聞き取りに基づいて編纂し,近年出版された『ブッシュマンの民話』(京都大学学術出版会 2020年)に所収の「ツチブタ女」,および上述の中川教授が作成したより詳細な同民話の文字起こしに基づいている.民話のあらすじは,ツチブタの女性を妻に持つ男性が,親戚たちから彼女を殺して食べてしまおうと持ちかけられ,逡巡している間に彼女は他の女性からのアドヴァイスに沿って逃げおおせたというものである.本プロジェクトの技術補佐員である中山恵美さんが,たいへん味のある作画をしてくださった(写真4).子どもたちを中心とする聴衆の前で,中川教授の正書法に従ったテキストをM氏(ガナ語話者で20代の女性)とK氏(ガナ語・グイ語話者で20代の男性)に朗読してもらい,それを動画に収めた.これからその詳細な分析を行い,本プロジェクトの成果として公表していく予定である.

写真4 『ツチブタ女』の紙芝居より(作画:中山恵美)

 その後も,紙幅の制限のため十分に述べることはできないが,ガナの故人の埋葬地をめぐるコンフリクト(近年ニューカデとその東方に広がる中央カラハリ動物保護区(CKGR)内に残存する居住地をまたいで展開し,報道を通じてボツワナ全土に知られるようになった.本プロジェクト研究員である杉山由里子さんが最近まとめた博士論文『ブッシュにもつれる生と死―サンの過去・現在・未来の構築―』(京都大学 2023年)で詳細な報告・分析を行っている)についての聞き取りを行ったり,中川教授の識字ワークショップを手伝ったりした.以上,期間は短かかったが,積極的にフィールドワークとアクション・リサーチを行い,充実した滞在となった.これを可能にしてくれた関係諸機関や人々に感謝したい.