研究紹介

「サヴァンナの視覚文化:サン社会におけるジェスチャー・コミュニケーションに関する人類学的研究」について

 

Walter J. Ongの野心的な著作“Orality and Literacy” (Methuen. 1982年)に代表されるように,従来のコミュニケーション理論は,話し言葉を人間の思考やコミュニケーションの基盤と位置づけ,その重要性を繰り返し指摘してきました.そして,こうした「声の文化」と対置される「文字の文化」(e.g. 学術ラテン語や漢字)は人類史上ずっと後に起こった「革命」であり,抽象的・分析的な思考を可能にすることで社会を根底から変えたとされています.こうした研究史を反映し,しばしば人類のゆりかごとみなされるアフリカは豊かな「声の文化」によって特徴付けられることが多かったといえます.そしてアフリカでは,大半の社会が植民地化を経るまでその言語の記述体系を持たなかった一方で,熱帯の森林域での通信を可能にするトーキングドラム,多種多様な口承文芸,野性味と洗練さを合わせ持つ歌・踊りなどが発達していることが注目されてきました(c.f. 川田順造(1998)『聲』筑摩書房).

これに対して,私たちはこれまで南部アフリカの狩猟採集民として知られるサンの人類学的研究を行ってきました.そしてこうした研究を通じて,サンの社会においてジェスチャーがきわめて重要な役割を担っていることを認識するに至りました.たとえばサンが住む広大なサヴァンナでは,獲物である大型動物にどれだけ近づけるかが狩猟の成果を決定的に左右します.このためサンは声を立てることを極力避け,狩猟にまつわる多様なメッセージを伝えるためのジェスチャーを発達させてきました. このように,アフリカでもサヴァンナから半乾燥帯を生活域とする人々の間では,ジェスチャーを始めとした視覚系のメディアを使ったコミュニケーション手段が古くから発達しています.そこで本研究では,サンが用いるジェスチャーの体系的な記述を行い,それらが彼らの様々な社会的活動(e.g. 狩猟,ナヴィゲーション,儀礼,社会化)の中でどのような働きを担ってきたのかを明らかにします.さらにこうした実証的な分析に基づいて,話し言葉を中心とした音声系のメディアを重視してきた既存のコミュニケーション理論をその根底から再考することを目指します.

 

稲盛財団研究助成
「サヴァンナの視覚文化:サン社会におけるジェスチャー・コミュニケーションに関する人類学的研究」

研究代表者: 高田 明 (京都大学大学院アジア・アフリカ地域研究研究科・准教授)