研究紹介

「承認をめぐる間主観性の発達に関する研究」について

私たちは,養育者-子ども間の対面的相互行為において,責任が文化的に形成されていく過程について研究してきました.その研究成果と深く関連し,間主観性の発達についての理解を刷新させる鍵概念として承認があげられます.間主観性は,現象学に由来する概念で,オラリティ,すなわち話し言葉の世界や声の文化の本質をなすと考えられます.Honneth(2003)によれば,承認の形式には,それを求める欲求と対応して個体の承認→人格の承認→主体の承認という段階があります.私たちはこうした段階を経て相互行為のパートナーの規範的態度を内面化することにより,社会的に承認されていることに気づいていきます.ただし,適切な尊重が得られないと社会生活の再生産は妨げられ,承認をめぐる闘争がもたらされます.

本研究では,上記の承認形式の最も基礎的な段階とされる個体の承認について,以下の仮説を立てています.ある参与者(参与者1.ここでは主に養育者)が行為を行うと,その行為に対して環境におけるどの記号論的資源(記号として用いられる各種の自然物や人工物,言葉,発話の連鎖,ジェスチャー,姿勢など)がどんな関連性を持つのかが,他の参与者にも知覚可能になります.次の参与者(参与者2.主に子ども)は,この関連性に応じて行為を行います.これを次の参与者(参与者3.主に養育者.しばしば参与者1と同一人物)が承認すると,参与者2は責任を達成し,社会生活が再生産されていきます.一方,承認されなかった場合には,尊重の欠如が表面化し,社会的コンフリクトがもたらされます.このように,子どもは養育者からの承認を通じて責任を達成する経験を積み重ねることで間主観性を発達させていきます.

この共同研究プロジェクトでは,上記の仮説に関わる普遍的及び文化特異的な側面を経験的手法によって明らかにします.このため,(1)代表者らが日本国内で収集する縦断的データ,(2)若手研究者によるアジア・アフリカ諸国での長期フィールドワークに基づくデータ,(3)海外協力者が収集する関連データを用いて,以下の3つの観点(行動の社会化,文法の身体化,制度の内面化)から,子どもが他者からの承認を通じて間主観性を発達させていく文化的過程を明らかにします(図1).

1.行動の社会化:相互行為分析により,子どもと養育者が行動のどの側面をどう調律するのかを明らかにし,原初的承認を可能にする身体的,感情的な相互理解の構成過程を論じます.

2.言語の身体化:会話分析により,承認を通じて責任を達成する相互行為において言語の文法的特徴がどう働くのかを明らかにし,言語がどう身体化されていくのかを論じます.

3.制度の内面化:言語的社会化論の観点から,子どもがその社会に特徴的な慣習を身につける過程を分析し,それに対する承認が社会的な制度を内面化するために果たす役割を論じます.

文部科学省科学研究費補助金 基盤研究(B)(特設分野研究)「承認をめぐる間主観性の発達に関する研究」
研究代表者: 高田 明 (京都大学大学院アジア・アフリカ地域研究研究科・准教授)