【2016/1/15】第15回教育・学習の人類学セミナー

更新日:2016/01/22

第15回教育・学習の人類学セミナーとして、「粘土をつかった模倣の発達:日本における幼児の粘土あそびとエチオピア女性職人の土器つくりに注目して」と題したシンポジウムを2016年1月15日(金)に、京都大学稲盛財団記念館にて開催いたしました。ご参加いただきました皆様、ありがとうございました。

第15回 教育・学習の人類学セミナ
粘土をつかった模倣の発達:
日本における幼児の粘土あそびとエチオピア女性職人の土器つくりに注目して

 【趣旨】
  粘土の素材としての特色のひとつは可塑性の高さにある。この特色は、人間からさまざまな行為をひきだす可能性をもつ。このような粘土と人との関わり方の可能性をふまえたうえで、この研究会では、日本の幼児の粘土あそびとエチオピア女性職人の土器つくりをとりあげる。文化的・生態学的な側面に留意しながら、粘土に接触する際の身体動作や粘土を介した人と人のコミュニケーションに注目して、粘土をつかった模倣の発達について検討する。

【日時】 2016年1月15日(金)14:00-18:00(開場13:30)

【会場】京都大学稲盛財団記念館3階中会議室

【プログラム】
14:00-14:10 
イントロダクション 高田 明(京都大学)

14:10-15:40

「ヒト幼児とチンパンジーの「粘土遊び」にみる造形の発達」
中川織江(ハリウッド大学院大学)

16:00-17:30

「知ることeskan」と模倣のあいだーエチオピア西南部アリ女性職人による土器つくり」
金子守恵(京都大学)

17:30-18:00

 総合討論
コメンテーター:月浦崇(京都大学)、床呂郁哉(東京学国語大学アジア・アフリカ言語文化研究所)

【主催】
・科研費補助金 基盤(A)「教育・学習の文化的・生態学的基盤:リズム,模倣,交換の発達に関する

 人類学的研究」(代表:高田 明)
 
 
【発表要旨】
ヒト幼児とチンパンジーの「粘土遊び」にみる造形の発達 
中川織江(ハリウッド大学院大学客員教授)

  「粘土遊び」は、ちぎり、くっつけ、こねる「素材遊び」であり、イメージを形にあらわす「造形遊び」である。その魅力は「粘土」という根源的な物質の特殊な性質によるところが大きい。液体ではない/固体でもない/液体と固体の間を自由に行き来し、可塑性があり、応答的、触覚的、自他の境界がない、半永久的に使用できる。

  個体発達、系統発達の両面から、「粘土遊び」における①操作、②作品形態、③操作と作品の関係、を明らかにして、粘土造形の発達を検討する。

  まず個体発達の視点から、ヒト幼児0ー6歳の操作および作品を縦断的・横断的に分析する。
ところで「造形するのは人間だけだろうか?」 系統発達の視点から、「チンパンジーの粘土遊び」をおこなう。もし作品が産出されるとしたら、いかなる形が、いかなる操作によってできたのか。さらに、「造形発達は10-12歳までにほぼ完成する」といわれているが本当か、検討する。

  粘土の適切な固さ、適量、かかわる時間の長さ、を明らかにした上で、本実験に取り組んだ。子どもの行動はビデオカメラで録画記録され、作品は1点ずつ正面、横、背面、部分がカメラで撮影された。
・操作の発達 子どもたちは融通無碍な粘土塊にさまざまにかかわり、多様な操作、思いもよらぬ操作があらわれた。それらの操作はカテゴリーに分類、整理された。
・作品の発達 作品形態は、ヒト幼児では年齢とともに複雑、精緻になっていく。チンパンジーでは「棒」と「凹形」が産出された。「凹形」はチンパンジーの操作から「器」と仮定され、「多肢選択評価法」で評価したところ、ヒト5歳のそれに対応した。
・操作と作品の関係 粘土の「量、形、位置」の変化に注目し、「遷移図」を考案した。遷移数は、一目瞭然、操作の習熟度を示し、作品の完成度に影響を及ぼした。つまり、年少では粘土に触ってすぐ手離すが、年長になると手離さず触り続け、一連の操作を滑らかに連続させながら作品をつくる。
・人に働きかける素材 叩いたり踏んだり、ひとしきり粘土に自在にかかわった後、子どもたちは課題を与えずとも自発的に作品をつくり始める。また、しばしば自然発生的に共同遊びに発展し、大幅に時間オーバーして延々と続く(描画では計画的におこなわない限り、起きないことだ)。これらから粘土は、触ること自体が報酬となり、人に作品づくりを促し、人と人のコミュニケーションを促す素材といえる。さらに、「他者の存在」が作品づくりを促進させることがわかった。
・粘土遊びから造形活動が始まった:造形活動が「平面絵画」ではなく、「立体彫塑」から始まったのは自明である。「彫塑」では、手で「塑」土をこねるが先で、後に、ノミなど道具使用して木や石を加工する「彫刻」が出現する。造形活動は、「粘土遊び」から始まり、原初の作品形態は「器」と考えられた。
最後に、「造形発達は10-12歳までに完成する」について実験と評価をおこなった。ほんとうだった。 

★残された課題:粘土と描画の「作品資料集」の作成・出版 
★エピソード:イチローの粘土遊び、IPS細胞と粘土  

【発表要旨】
「知ることeskan」と模倣のあいだーエチオピア西南部アリ女性職人による土器つくり
金子守恵、京都大学大学院人間・環境学研究科

  発表者は、これまでエチオピア西南部に暮らすアリ人職能集団の女性土器職人と彼女の娘たちを対象に、土器つくりの習得過程にみいだされる特性を成形時の手指の動かし方に注目してきた。これらの特質は、女性土器職人たちがあらたな器種を創出する原動力になっている。この発表では、それらの特性を娘たちの日常的な活動において関心を喚起する広義の意味での模倣と関連づけて議論したうえで、アリの職人にとっての経験的な知としての「知ること(eskan)」と模倣との関わりについて展望する。発表は、1998年11月~2002年3月までに断続的に約9ヶ月間おこなった調査をもとにしている。調査は、アリ人が暮らすSとG村で計12組の母娘を対象にしておこなった。彼女たちの手指の動かし方に注目した成形手順の記録のほかに、作業場での母と娘のやりとりの様子も観察した。娘が本格的に土器をつくりはじめる以前については、S村に暮らす女性職人の乳幼児5人を対象にした。

  アリの女性職人は、粘土や素材の採取から、成形、焼成、販売までのすべての過程を一人で担う。土器製作に関わるすべての作業は、それぞれの作業場でおこなう。唯一娘だけがその場で母とともに作業に従事する。調査の結果、以下の5点をみいだした。(1)乳幼児は、作業場で土器の形態に類似したものをつくるが、職人はその行為を「あそび(reega)」と表現する。(2)乳歯が生えかわり、初めて娘が土器を成形するとき、母は言語的な表現をほとんど用いず、その動作の一部を娘の目の前で示し、その後娘はその成形途中のものを受け取って成形する。(3)娘は初めて成形するときから母の助けをかりずに特定の手指の動かし方の順で土器を完成させる。(4)娘が土器を完成させると、母は「(娘は)土器つくりを知った」と表現し、その後娘の習得過程には介入しない。(5)娘も母も互いの「手(aani)が異なる」という表現を用い、母が娘に同じ成形手順を強要することはなく、一方娘も自らがおかれている状況に応じて成形手順を変更していた。

  このような状況は、職人の娘たちが、乳幼児期から作業場にいて遊んだり母の手伝いをすることを通じて、成形動作に対する関心を喚起され、そこから特定の手指の動かし方のまとまりを成形の一単位として娘が知覚できるようになることを推察させる。一見すると定型的な技法の習得が土器つくりを可能にしていると解釈できるその一方で、「手(aani)が異なる」という用例に表れているように、アリの職人のあいだでは、個々の作業状況下において粘土の性質のちがいや成形時の気温・湿度の変化を知覚しそれにあわせて手順を変更したり、土器を購入する客とのやりとりをふまえてその手順を社会的に確立させたりすることが周囲から承認されている。アリの職人たちが新たな器種を創造し続けている背景には、個人が経験的かつ個別に培ってきたそれぞれの「知ること(eskan)」をよきこととし、個人差を主張し容認されるような習得の過程が存在することが大きく作用していると考えられる。単純な動作の模倣を積み重ねて技法をみにつけていくという、私たちに馴染み深い習得過程は、少なくともアリ人女性職人のあいだでは大きな動機付けが作用する部分としては存在していない。

 
【共催】
・ 科学研究費補助金・基盤研究(A)(海外学術調査)「アフリカ在来知の生成と共有の場における実践的地域研究:新たなコミュニティ像の探求」(代表者:重田眞義)

【備考】 * 教育・学習の人類学セミナーは,以下の研究プロジェクトの一環として2012年度から不定期で開催しております.

科研費補助金 基盤(A)「教育・学習の文化的・生態学的基盤:リズム,模倣,交換の発達に関する人類学的研究」(代表:高田 明)