赤ちゃんの声遊び
声を聴くこと・歌うこと
京都大学大学院アジア・アフリカ地域研究研究科
嶋田容子
乳児の発声には、言葉の起源だけではなく、歌うことの起源も含まれているかもしれない。乳児が、声を出しても誰も応答しない「ひとり」のとき、楽しそうに声を出し続けることがあるのは、なぜだろうか。大人を呼ぼうとして発声しているのだろうか。場合によっては、ひとりで自分の声を楽しんでいるのかもしれない。コミュニケーションのためではなく、「声で遊ぶ」という音楽的な動機から、乳児が声を出していることがあるのではないか。
このことを実証的に検討するため、実験をおこなった。まず、乳児が養育者とやりとりをしているときと、ひとりで(ぐずるのではなく楽しそうに)発声を続け始めたときとを比べてみた。その結果、ひとりのときの方が、連続的な発声がより長い間持続しただけでなく、時間当たりの声の比率も高くなった。さらに、乳児がひとりで声を出し始めたとき、スピーカーを通じて(ホールやお風呂の中に居るときのように)声を大きく反響させると、さらに持続時間は長く、声の比率は高くなった。ひとりのときの乳児の連続的な発声は、誰かに応えてもらうことではなく、音のフィードバックを得ることで促進されたのである。このときの乳児の出した声を分析すると、個々ばらばらながら、音楽的なパターンの基本要素も見えてきた。今後、さらに研究を進めたい。
ひとりでの声遊びは、他の声との調和を通して、音楽的なインタラクションへ発展するのではないだろうか。大人と乳児のやりとりでは、大人が乳児の声を正規化しようとする(言語の音に誘導する)傾向があると言われている。しかし、幼い兄・姉は自由にさまざまな声を使って乳児と声を交わしている。幼児と乳児のインタラクションであれば、言語の形から外れた歌唱的な発声が促進されるかもしれない。乳児とその幼い兄・姉との声のやりとりと声合わせのなかに、音楽性のはじまりを探る。