相互主観性の発達に関する経験的研究
―相互行為連鎖の第3の位置における子どもの発話―
筑波大学
高木 智世
言語を習得する途上にある幼児は、しばしば、自分の発話に対して養育者が応答した後の位置で、先の自分の発話を繰り返す。例えば、次のようなやりとりがある。
(1)[幼児は1歳10ヶ月。次々に様々な動物が映し出されるテレビ画面を見ながらのやりとり]
1 幼 児:これは?
2 養育者:ん:: これなんだろね:::
3 幼 児:これは::?
このとき、幼児の2回目の発話を「第3の位置にある発話」と呼ぶことにしよう。「第3の位置」は、相互行為の連鎖の上で、極めて重要かつ特殊な位置にある。
第1の位置:最初の発話
第2の位置:発話の受け手が、反応する。先の発話者にとって、受け手の解釈を知ることができる最初の機会である。
第3の位置:もしその解釈が誤っていれば、それを訂正することができる(つまり、相互主観性を整序するために用いることができる)、ターンテイキングの組織の上で保証された、最後の機会なのである。
この第3の位置で、受け手に誤解があれば明示的に指摘し、適切な理解を導くべく、最初の自分の発話を修復(やり直し)することを、第3位置修復と呼ぶ(Schegloff, 1992)。(2)は成人同士のやりとりからの例である。
(2)[高校時代の卒業の記念品について]
1 H:じゃその前の卒業生は?
2 T:一緒や。630から650の間やろ。卒業生の数(が)。
3 H:ちがうちがうちがう。その引き出物おんなじもの?
4 T:しらん。
Hは、第3の位置で最初の自分の質問を修復し、第4の位置でTが再び応答をやり直す機会を与えている。(1)のやりとりでは、第4の位置で養育者が次のように発言する。
4 養育者:これはね::レッサーパンダだね、たぶん。
つまり、養育者が2での自らの応答をやり直している。結果として、第3位修復を行った場合と同じように、4の位置での「受け手の応答のやり直し」が実現されているのである。すなわち、幼児は、第3の位置で最初の自分の発話を(やり直すのではなく)繰り返すことによって、第3位修復と同じことを達成しているのである。これは、幼児が、複雑な言語形式(文法)を習得するよりも早く、相互行為のなかでの「第3の位置」の働きを理解し、利用していることの現われと捉えることができよう。第3の位置は、相互主観性を整序する機会として利用できるものである。そのことの理解が、相互行為の中でどのように具現化され、どのように作用しているのか、また、発達段階に応じて現れ方がどのように変化するかを明らかにしていきたい。それは、とりもなおさず、言語使用を含む社会的相互行為の基盤である相互主観性の発達を、具体的な相互行為場面から離れることなく、可能な限り経験的に追究する試みでもある。
Schegloff, E.A. (1992) ‘Repair after next turn: The last structurally provided defense of intersubjectivity in conversation’, American Journal of Sociology, 98:1295-1345