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研究

研究概要
「アフリカ狩猟採集民・農牧民のコンタクトゾーンにおける子育ての生態学的未来構築」について

本研究では,アフリカにおける狩猟採集民と農牧民のコンタクト・ゾーンとなってきた3地域(ボツワナ,ナミビア,カメルーン)を主たる調査地域として,養育者-子ども(誕生~5歳)間相互行為に関するデータ収集・分析を行い,行動の社会化,言語の身体化,制度の内面化が生じる過程,及びそれに伴って行動環境,言語環境,制度環境が再編される過程を明らかにします.さらに,これらの分析の成果に基づいて,変化し続ける社会の中で社会化していく子どもが,よりよい未来に向けて新たなマイクロ・ハビタットとハビトゥスを相互構築していくことを支援します.

主たる調査地域では,特に以下の課題を設けます。

  • ボツワナ:定住・集住に伴う「健康」の再編
  • ナミビア:伝統的権威の復興に伴う「民族間関係」の再編
  • カメルーン:自然資源マネジメント政策の導入に伴う「生態学的知識」の再編
調査地域と課題

目的

本研究は,代表者らのこれまでの研究(e.g. Takada 2020)を受け,人生の初期(0~5歳)における主体,他者,文化,環境の結びつきを, 養育者- 子ども間相互行為(Caregiver-Child Interaction,以下CCI)を通じてハビトゥスとマイクロ・ハビタット(相互行為を可能にする構造化された場; Ochs et al. 2005)が相互構築されていく仕組みと考えます.

乳幼児は間主観性を発達させることでハビトゥスを形成します.その過程では,生得的行動をその文化にあわせて社会化し(行動の社会化),他者が話す言語を身体化して使いこなし(言語の身体化),外在する制度を内面化して自分や社会を律して行きます(制度の内面化).

また,これらと対応した行動環境,言語環境,制度環境がマイクロ・ハビタットを構成します.ハビトゥスとマイクロ・ハビタットは循環的に相互作用しますが,それはマクロな環境変化が生じると再編されます.

本研究ではこのモデルを受け,ボツワナ,ナミビア,カメルーンを主な調査地域としたアクション・リサーチを行います.その目的は,理論的には社会変化と社会化を結びつけて理解すること,実践的には社会化しつつある子どものよりよい未来に向けてハビトゥスとマイクロ・ハビタットの相互構築を支援することです。

3地域を選んだ理由は

  • アフリカは今後数十年間,諸大陸中で最も大きな社会変化が見込まれ,グローバルな未来構築において重要なこと
  • 3地域が砂漠-ステップ(ボツワナ),ステップ-サバンナ(ナミビア),サバンナ-熱帯雨林(カメルーン)という幅広い気候環境をカバーすること
  • 3地域はいずれも狩猟採集民と農牧民のコンタクト・ゾーン(Pratt 2007)となっており,多様な自然観・生業・文化の交渉・融合・発展(e.g. Descola 2005)を論じる上で重要なこと
  • 3地域とも,代表者らによる継続調査の過程で本研究の推進に必要な,CCIをめぐる様々なアクター(e.g. 伝統的権威,行政機関,NGO,病院,現地研究機関)と代表者らとの社会関係が確立され,それらをめぐる社会的状況の理解や中長期的な見通しが得やすいこと

によります.

本プログラム内容

研究テーマ

テーマ1: 行動の社会化と行動環境の再編

養育者は子どもの生後すぐからその行動の規則性を間主観的に調律し(Malloch & Trevarthen 2009),行動を社会化していきます.その過程で子どもは,その社会の歴史や文化を反映した行為を身につける一方,その歴史文化的な枠組みを更新・改訂していきます.

テーマ2: 言語の身体化と言語環境の再編

子どもは多様な記号論的資源(Goodwin 2000)を用いて歴史・文化的に構成された言語を身体化し,言語の様々なレベルの構造に習熟すると共に新たな知識を生み出し,その構造を改変していきます.

テーマ3: 制度の内面化と制度環境の再編

子どもは他者から尊重されることで歴史・文化的に形成された制度の内面化を進めるが,適切な尊重が得られないと承認をめぐる闘争 (Honneth 1996)によって制度自体の変革を試みます.

さらに上の3テーマとその相互作用への理解に基づき,変化し続ける社会における子どものよりよい未来に向けた新たなマイクロ・ハビタットとハビトゥスの相互構築を支援します.

調査地域と研究課題

ボツワナ:定住・集住に伴う「健康」の再編 (定住化)

ボツワナはHIVの蔓延を克服した歴史を持ち,今は他国と同じくコロナ禍に直面しています.ここでは狩猟採集民グイ,ガナ(サンの下位集団)とバントゥ系農牧民カラハリ,ツワナを主な研究対象とします.
グイ,ガナは長い間,カラハリ砂漠で狩猟採集に基づく移動生活を営んでいましたが,政府の再定住化政策により1990年代以降,急速な定住化・集住化,カラハリ,ツワナとの関係の変化を経験しています(丸山 2010).本研究ではこれに伴うグイ,ガナの健康に関する生活実践や 概念の再編過程に注目する.2022年度から京都大学とMoUのあるボツワナ大学と協力し,ボツワナ中央部のニューカデ村の幼稚園で子どもの健康増進に関するアクション・リサーチ(e.g. トイレの増設,保健の授業導入,健康診断の推進)を実施すると共に日常生活の中で観察します.

ナミビア:伝統的権威の復興に伴う「民族間関係」の再編 (民族間交渉)

降雨量等の制約から在来農業の限界地とされるナミビア北中部は,数世紀前からポスト狩猟採集民のクン,アコエ(サンの下位集団)とバントゥ系農牧民オバンボが積極的に交渉してきました.さらに1990年のナミビア独立以降は,政府がオバンボの伝統的権威を復興させ,地域社会の統合を強めています(Takada 2015).本研究では,これに伴う同地での民族間関係の再編過程に注目します.2022年度から代表者がコチュテルを推進するナミビア大学と協力し,ナミビア北中部のエコカ村の幼稚園で,子どもの民族間交流を促進するアクション・リサーチ(e.g. 離乳食の推奨,語学授業の早期導入,地域の伝統的文化の振興)を実施すると共に日常生活の中で観察します.

カメルーン:自然資源マネジメント政策の導入に伴う「生態学的知識」の再編 (熱帯雨林分割)

カメルーンでは,狩猟採集民のバカ(ピグミーの下位集団)と近隣のバントゥ系農耕民バクウェレ,コナベンベを主たる研究対象とします.この地域では,大規模な熱帯林伐採が続く一方,生物多様性保全のため多くのプロジェクトが推進されています.そこで本研究では,自然資源マネジメント政策の導入に伴う生態学的知識の再編過程に注目します.2022年度からカメルーン南東部に京都大学が設けたフィールド・ステーションを拠点として,生態学的知識習得の再活性化を促進するアクション・リサーチ(e.g. 生業活動中の一時保育,伝統的知識の授業化,それぞれの障がい児に合った生活環境の構造化)を実施すると共に,日常生活の中で観察します.

この過程の支援を通じて,子どもと養育者が自らとその周囲の世界をどのように再編していくべきかを理論化します.

全体

ボツワナ,ナミビア,カメルーンではそれぞれ健康に関する生活実践や概念,民族間関係,生態学的知識の変容に焦点をあてるが,これら自体はどの地域でも相互に関わり合いながら,行動環境,言語環境,制度環境の重要な構成要素となっています.

そこで3事例を総合し,マクロな環境変化に応じて行動環境,言語環境,制度環境が再編される過程,及び乳幼児が行動の社会化,言語の身体化,制度の内面化を通じて間主観性を発達させる過程の一般的な特徴についても論じます.

期待される成果と意義

  • CCIの微視的分析を通じて,方法論的個人主義による発達研究の弱点を克服.文化的に媒介された間主観性の発達過程と,行為による文化的枠組みや環境の改変過程の相互規定性を解明.
  • 代表者らのコミュニケーション研究をエコロジカルな視座から 統合,発展させ,社会性の成り立ちを包括的に理論化.人類学,心理学,言語学,社会学,経済学等を架橋する学術領域を開拓・確立.
  • 3地域でマクロな環境変化に伴う社会的コンフリクトを解決する創造的選択肢を示し,よりよい未来の構築を支援.早くから様々な困難に直面しつつも成長が著しいアフリカの諸社会と共に学ぶ.